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不公正ファイナンスへの対応(その1)不公正ファイナンスの特徴



証券取引等監視委員会事務局総務課長 佐々木清隆



前回のこの場で、第三者割当増資等の発行市場でのファイナンスを悪用して流通市場での不公正取引につなげる「不公正ファイナンス」の問題についてご紹介した。3月期決算の関連で、不公正ファイナンスの増加が懸念されることから、今回はこの問題についてもう少し詳しくご紹介したい。

◆◆ 1.不公正ファイナンスの特徴 ◆◆

「不公正ファイナンス」は法律上の定義があるわけではないが、この数年の事例を踏まえると、共通した傾向が見られる。

①発行会社の属性:箱企業
不公正ファイナンスの当事者となる上場企業は、マザーズ、ジャスダック、ヘラクレス等の新興市場に上場されている企業であることが多い。上場時においては、製造業やサービス業等実態のある業務を行っていたが、上場後、経営不振に陥り、経常赤字が連続し、資金調達に困難を来たしている。株価も低迷し、監査法人からもGC(going concern)に関する注記が付けられていることが少なくない。後で触れるように第三者割当増資等を繰り返す過程で株主構成も大幅に変わり、特に、実態の不明な海外のファンドや投資事業組合、いわゆる仕手筋や反社会的勢力とつながりのある株主の関係者が登場する。経営陣もそのような実質株主の息のかかった者が送り込まれ、また業務内容も「投資事業」を中心としたものに変化する。

このような経営不振企業の経営者に対し、いわゆるアレンジャーといわれる人間(元日系・外資系証券マン等)が、国内の投資事業組合や海外のファンドに対して、第三者割当増資や新株予約権の割当を提案してくる。このようなファイナンス自体は、会社法上の手続き(取締役会決議等)を経ている限りは合法であるが、割当先やファイナンスの内容を見ると、きわめて怪しい点が見られる。


②不透明なファイナンスの割当先
まず割当先としては、海外の税率の低いタックス・ヘイブンや規制の緩いオフショア金融センターに設立された特別目的会社(SPC)に対するものがよく見られる。中でも、英領バージン諸島(British Virgin Islands; BVI)に籍を置くSPCがよく利用されるが、これはかなり怪しいと考えている。

英領バージン諸島は、数あるオフショア金融センターの中でも、特に金融機関口座開設時やSPCを設立する際の顧客の本人確認が緩く、例えばペーパーカンパニーであるSPCの裏にいる真の所有者(beneficial owner)についての情報を秘匿するために利用されることが多い。そのため、国際金融界では、英領バージン諸島については、金融証券犯罪やマネーロンダリングに悪用されるリスクが高いというのが常識であり、まともなビジネスを行おうと考える場合には、英領バージン諸島を利用することは通常ない。

英領バージン諸島でなく、国内の投資事業組合に対する割当の場合でも、いくつもの投資事業組合を関与させて、真の所有者を見えにくくしている点は、同様の問題がある。

また実態のある企業等を割当先とする場合でも、増資で調達する資金の規模と比較して、到底増資に応ずるだけの資金力がないと思われる場合など明らかに合理性のない事例も少なくない。例えば5億円相当の調達を目的として第三者割当増資の引き受け先が、資本金100万円、債務超過であるという事例すら見られる。


③ファイナンスの目的、発行条件
ファイナンスや資金調達の目的として、開示資料の中では、「借入金の返済」、「研究開発費」、「M&A等事業再編」等があげられることが多いが、増資後の企業行動を見ていると、調達された資金は、当該企業から別の企業等(反社会的勢力のフロント企業等と繋がっていることもある)に対し、投資、融資の形で流出したのち返済されず、翌期には特別損失が計上されることも少なくない(むしろ当初から返済されないことが仕組まれていることも多い)。

またファイナンスの目的と手段の整合性の点で疑問視されるケースもある。借入金の返済や債務超過解消のために緊急に資金調達が必要としながら、新株予約権の割当によるファイナンスを行う事例はその典型である。

次にファイナンスの内容を見ると、発行済株式総数の数倍から中には数十倍に相当する新株の発行が行われるような第三者割当増資、新株予約権の割当が多く、既存の株主の権利が大幅に希釈化(dilution)することが多い。これも会社法上の手続きを踏む限り違法ではないが、既存の株主の権利保護の観点から、きわめて問題であり、この点は後述するように、先般取引所の自主ルールで規制が強化され、300%を超える希釈化の場合には上場廃止、また25%以上の希釈化の場合には、独立した第三者の意見や株主総会の決議が必要とされている。


④ファイナンスの関係者
このような不公正ファイナンスについては、上記のような上場企業の特徴があるほか、関与する関係者についても、いくつかの特徴が見られる。

上述したとおり、資金調達に困難を来たしている上場企業に対し、不公正ファイナンスのスキームを提案してくるアレンジャーである。アレンジャーは金融商品取引法等の規制を免れる形でアドバイスを行っており当局としてもその実態は不明なところが多いが、日本の金融機関、外資系証券会社出身の人間や、いわゆる仕手筋のほか、弁護士、公認会計士出身者もいる。ファイナンスのスキームを組成する上で必要な金融証券実務、法律、会計、海外SPCの設立等に関する知識と経験が必要とされることから、1人ではなく複数で行動している可能性も高い。アレンジャーの中には反社会的勢力とつながりのある者もいる。

次に不公正ファイナンスを行う上場企業の監査法人、公認会計士は、特定の監査法人、公認会計士であることが多い。後述するように、これら上場企業は財務内容が悪化していたり、ガバナンスに問題があるケースが多く、大手監査法人から、特定の超規模監査法人、公認会計士に交代する事例が少なくない。

また不公正ファイナンスによく登場する法律事務所、弁護士も散見される。ファイナンスに関連するlegal opinionの作成に関与する事例が多いが、その検討対象が恣意的に点綴されていたり、ずさんな内容のopinionも少なくない。海外SPCの国内での常任代理人に弁護士が就任している事例も見られるが、通常信託銀行証券代行部等が行う事務を、あえて弁護士が行うことについては、怪しいと感じている。

さらに、海外SPCの設立には通常の場合、法律事務所に依頼することが多いが、不公正ファイナンスで利用される海外SPCの設立は、会社設立業者、特に香港に拠点を置くブローカーを通じて行っているケースが多いと認識している。

加えて、前回ご紹介したとおり、近年、不動産鑑定士がこのような不公正ファイナンスのスキームの組成等に関与する事例が把握されている。例えば、第三者割当増資を引き受ける先が、通常であれば現金を払い込む代わりに、不動産による現物出資の事例が少なくない。そのように現物出資される不動産についての不動産鑑定評価の妥当性について疑問がある事例が見られる。この問題については、次回以降詳細にご紹介する。


◆◆ 2.箱企業悪用のメカニズム ◆◆

上記のように当初は実態のあった健全な企業が、第三者割当増資等を繰り返した挙句、取引所に上場されていることで公開市場から資金調達をするためだけに利用される「箱」となっていることから、「箱企業」と呼ばれる。

箱企業は経営不振企業で資金調達に困難をきたし、またその株価も下落している。このような箱企業は、取引所に上場されていることで公開市場から調達した資金を社外に流出させることを目的としていることから、上場廃止になることを何としても避ける必要がある。例えば債務超過、監査法人からの不適正意見や監査意見の不表明、時価総額基準を下回ること等による上場廃止を阻止することが必須となる。そのために第三者割当増資等のファイナンスが繰り返し行われることになる。

株価について言えば、第三者割当増資を含め新株の発行は、一株あたりの利益が減少するため、通常は株価の下落に繋がることが多いが、箱企業のように既に株価が下落し企業の存続に懸念がある状態では、逆に株価の上昇に繋がることも少なくない。また箱企業を実質支配している特定の株主及びその周辺のグループが、第三者割当増資の前後で株価操縦により株価を人為的に高騰させることが行われることがある。あわせてインターネット上の掲示板等で、株価の上昇に繋がるような噂を流し一般投資家による買付けを煽る風説の流布も行われる。このような株価の上昇を見て、一般投資家による投資が増加しさらに株価の上昇に繋がる。さらに、第三者割当増資の公表の前に当該箱企業の株式を取得して、公表後に株価が上昇したところで売却するインサイダー取引が行われるケースもある。

このように第三者割当増資等により調達された資金は、上述の通り、開示資料の上では、「借入金の返済」、「M&A等事業再編」等に利用するとされているが、実際には社外への投融資等の形で流出し翌期には特別損失が計上され、当該箱企業の財務内容はさらに悪化することになる。箱企業を悪用する立場の人間からすれば、上場廃止にならない程度の財務内容を維持しながら当該企業を悪用し続けるが、中には会社更生等に至り、当該箱企業の粉飾が明らかになる事例も散見される。

以上のように、第三者割当増資等のファイナンス自体は会社法上の手続き等に則って行われてはいるものの、箱企業の株式の流通市場においては多くの不公正取引が複合的に行われる事例が少なくなく、証券不公正取引のオンパレードといった状況である。

さらに箱企業に至る過程で、当該企業の株主構成は大幅に変わり、仕手筋や反社会的勢力とつながりのある者が実質的に支配していることが多く、また経営陣もそれらの実質的な株主の息のかかった者が送り込まれてきている。したがって箱企業のコーポレート・ガバナンスは崩壊しており、証券市場での不公正取引にとどまらず、様々な違法行為を誘発する。箱企業を通じて調達した資金のマネーロンダリングや、資金が流出した先企業等の脱税がその典型であると認識している。

このように箱企業を利用した不公正ファイナンスの問題は、多くの証券不公正取引、さらには他の分野の違法行為と関連する複合的な、また資本市場の根幹に関わる問題と認識し、監視委としては、現在最優先課題と位置づけ取り組んでいるところである。その取組みについて、不公正ファイナンスの新たな手口、パターンへの対応も含め、次回ご紹介することとしたい。


(文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)。


・筆者紹介 佐々木 清隆
東京都出身。1983年東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)等海外勤務を経て、2005年証券取引等監視委員会事務局特別調査課長。2007年7月より同委員会事務局総務課長。